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なぜ同じようなインドカレー店がコピペのように急増したのか…「インネパ」が日本に定着した意外な理由

公開日
2024-04-07
メディア
プレジデントオンライン
記事要約
日本で「ネパール人経営のインドカレー屋」が増加したのは、2000年代初頭から中頃にかけてのこと。この動きは、インドのIT産業の急成長とともに進んだ日本へのインド人IT技術者の流入と重なり、ネパール人のカレー屋やコックが増加した背景を持つ。

1. 初期のネパール人経営者
1990年代後半から、ネパール人がインド料理店でコックとして働き始め、2000年代初頭には純粋なネパール料理を提供する店も登場した。岡本有子さんの「天空の舞」はその一例で、ネパールの伝統的な料理や文化の発信地として注目された。

2. 小泉改革と規制緩和
2002年、小泉改革により外国人でも500万円以上の出資をもって会社を設立できるようになり、これがネパール人にとって大きな転機となった。以前は厳しかったビザの条件が緩和され、小規模ビジネスが可能になったため、多くのネパール人コックが自分の店を持ち、独立を果たすようになった。

3. 家族経営の広がり
2008年頃から、ネパール人は家族を呼び寄せ、家族一丸となってビジネスを行うスタイルが広がった。特に「家族滞在」のビザを利用し、妻や子供も日本で働きながら、ビジネスを拡大していった。これにより、ネパール人経営のカレー屋が急増した。

4. 「コピペ」のビジネススタイル
ネパール人経営者たちは、成功した前例を模倣することでビジネスを展開したため、同じような店が多くなった。これが「コピペ」のように急増した理由であり、教育を受けていない出稼ぎ労働者が多く、経営において独自の工夫が欠けることがあるという指摘もあった。

5. 経営者としての「第1世代」と「第2世代」の違い
「第1世代」は教育を受け、文化的な背景や日本とのつながりを持つ人々が多かったが、「第2世代」は教育機会に恵まれない農村出身者が多く、主にビザや家族のサポートを受けて日本に来た。このため、後者はビジネス展開において限られた能力しか発揮できないケースが多い。

6. 新たなビジネスと搾取
また、ビジネスを成功させた「第1世代」は後進を助ける一方で、開業支援やビザ手続き、アルバイトの紹介などを通じて新たな利益を得る「仲介業」を展開するようになった。これにより一部のネパール人は同胞を利用して利益を得る一方で、経済的な格差も生まれた。

結論
ネパール人経営のインドカレー屋の急増は、規制緩和とビザ制度の変更により、ネパール人コックが独立しやすくなったこと、また家族経営が拡大した結果である。また、ビジネスの拡大とともに、新たな経済的格差や仲介業の登場も見られた。
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